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西郷隆盛と、キー・コンピテンシー。温故知新の学び。

2018年3月28日

■オーラルコミュニケーション

NHKの大河ドラマ「西郷どん」がはじまりました。放送の1回目、隆盛の少年時代の回では、彼を育てた「郷中(ごじゅう)教育」が紹介されています。

「郷中教育」とは、方限(地域のエリア)ごとに6歳から15歳くらいの少年が集まり、そこに年上の先輩がついて行う自習システムです。いまの教育はもちろん、幕末に日本中に広まっていた藩校ともまったく異なる薩摩藩独自の制度で、そこから大久保利通、東郷平八郎ら明治維新の立役者が多く輩出されています。

私が最も注目するのは、郷中教育では徹底したオーラルコミュニケーション(口述対話)が重視されたという点です。

具体的にはこんな感じです。子どもは、早朝からひとりで先生の家に行って儒学や書道などの教えを受け、次は子どもだけ集まって、車座になり、今日学んだ内容を持ち寄り口頭で発表し合います。決まった教室もない、テキストもない、思想的な統一や矯正もない。よい意味で多様性が担保されていて、そこでは互いに綿密な「チェック」や「シェア」が行われたといいます。

さらに、藩に関わる問題を仮想して、その解決策を語り合う学び(詮議)もやっていたとこか。じつに恐るべき子どもたちだったのです。

 

■教えない、急がせない

当時の幕府が推進した藩校教育は儒学中心のテキスト学習でした。文字の普及によって教育は近世化されていくのですが、当時最も識字率が低い地域であった薩摩においてこのような教育風土がはぐくまれたのです。

申し上げたいのは「昔の日本はよかった」ということではありません。そういう日本の教育風土には、実は古くて新しい可能性を潜在していたのではなかったのでしょうか。

最近従来の学力とは異なる国際水準の「キー・コンピテンシー」(主要能力)の重要性がいわれています。世界の教育が目標としているものですが、「国語」「算数」といった学科主義を超えて、たとえば「対話能力」「人間関係形成能力」「問題発見能力」等が挙げられます。その多くは、テキスト自習型ではなく、他者コミュニケーションが原則であり、そこから協働、交流、創造や自信・自尊感情を産み育てることです。その源流に郷中教育はあったとはいえないでしょうか。

西郷隆盛の子ども時代、学校組織ありきではなく、無垢な興味や関心を受け止め、それを共に育む大人と地域の存在がありました。「子どもの問いに反応し、子どもが知りたいと思っていることを語り、子どもが問いを追究して行くのをサポートする」(「科学が教える、子育て成功への道」より引用)のであって、決して教えたり急がせることではない、ということも肝に銘じておきたいと思います。

今年は明治が始まって150年。いま、教育改革が進む中、幼稚園の日々の取り組みの中にも「温故知新」の心を見出していきたいと思います。(わらべまんだら第523号掲載)

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