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■幼少期にマネーを教える愚。学ぶべきは人倫の根幹。

2018年5月7日

就学前の幼児向けのマネー教育の話題が日経新聞に載っていました(4月28日)。小学生向けには、費用計算や売上目標の設定、資金調達方法など、そういったプレゼンテーションを全て英語で行うそうです。電子マネー講座や仮想通貨の仕組みを教えたり…記事は「今の子どもたちは社会に出た途端に資産運用と向き合う。金融について正しく理解し判断できる『金融リテラシー教育』が必要」云々、とまとめています。

日経新聞だから差し引くとしても、こういうマネー至上主義に非常な危惧を覚えます。確かに国際的にはキャッシュレスが主流なので、こうした教育も必要性もわかりますが、それをなぜ幼少期なのでしょうか。金勘定がうまいマネーチャイルドがこれから求められる国際人だと言うのでしょうか。あまりに浅薄です。

グローバル化、多様化は一層加速し、同時に金融資本主義はさらに社会に浸透していくことでしょう。しかし、そういう時代に大事なことは、小学生の頃からマネーゲームごっこに興じるのではなく、本当の国際人としての哲学や器量を育てることではないかと思います。

英語の早期教育についても、似た感覚があります。英語教育は重要ではありますが、それ自体が自己目的化され、英語で何を学ぶのか、それを通してどういう人間を育てるのか、ビジョンが抜け落ちたままでは、いずれAIの翻訳機能に凌駕されてしまうことでしょう(新井紀子さんのベストセラー「AI vs教科書を読めない子どもたち」にはその辺りを明快に述べています)。

同列で述べるつもりはありませんが、幼少の教育において金融も英語も多数あるうちの水路に過ぎないのであって、その水源地が空っぽであれば流れは生まようがないのです。資金調達を考える暇があるのなら、少しは人間としての倫理や規範を学んではどうでしょう。古典に親しむ。身体感覚を鍛える。いくらでもやるべきことはあるでしょう。

思想だ、哲学だと難しいことを言うつもりはありません。しかし、幼児期は人間性の基本を育む最重要時期であり、そのまっさらな土壌に何を注ぎ込むのかは、我々幼児教育に関わる大人の重大な責任であることを忘れてはなりません。

教育の流行現象はその時代の大人の不安を表すと言われます。問題はそういう表層に惑わされるばかりで、肝心の「人間の基礎基本」について、見失いつつある我々のあり方ではないか。そう思うと私の危惧はいっそう深刻になるのです。

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