赤色赤光

ノーベル賞と幼児期の記憶

2017年10月11日

カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞しました。この日本生まれの英国国籍の作家の作品を通読したわけではありませんが、かねがね心を惹かれていました。近作「わたしを離さないで」は映画にもなって、ご覧になった方も多いでしょう。

受賞を契機にたくさんの報道が出ましたが、改めて氏の生い立ちに関心を持ちました。1954年長崎に生まれて5歳まで過ごして、以後海洋学者の父とともに英国に渡って、その後国籍を取得しています。

氏はこう語っています。

「日本で過ごした子どもの頃の記憶が、初期の作品に大きな影響を与えた」

幼少期での記憶は作家にとって原点であり、また作家としての価値観や思考,ふるまい方に大きな影響を与えたといいます。

「日本で大人になるはずが、偶然にもここ(英国)に残ることになった。だから物事を日本的な方法で見るように教わってきた。それは両親の世代の古風な日本かしれない」

 

作家の想像力の基本がどこに生まれるのか、知りませんが、少なくとも氏の描く日本あるいは日本的情感のベースは、生まれて5年間過ごした子ども時代の記憶に依拠していることは確かでしょう。わずか生後5年しかいなかった長崎での記憶が、ノーベル賞作家の世界観に無意識なレベルで甚大な影響を及ぼしている。氏がどんな幼児教育を受けたか、ということよりも、人生初期の生育環境のもっとも偉大な賜物が、このたびの受賞ではないか、と感じられてなりません。

絵本をよく読む、物静かな子どもだったといいます。昭和30年代の長崎という情景が、カズオ少年にどんな記憶をもたらしたのでしょうか。

 

最後にもうひとつ、氏は著名になってからも長く祖国に帰ることがなかった理由をこう述べています。

「子どもの頃に記憶に残っている日本や自分の想像の中で育んできた日本のイメージが、現実と出会って壊されてしまうのが恐ろしかった」

人生においてもっとも美しい記憶は、すでに幼児期に完成されているのかもしれない。そう感じました。

 

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