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幼児教育と一汁一菜。変らぬ基本を育もう。

幼児教育と一汁一菜。変らぬ基本を育もう。

カテゴリ:赤色赤光|作成日:2017年1月16日|執筆:ウェブ管理者

  少し遅れてしまいましたが、新年あけましておめでとうございます。暖かなお正月三ヶ日でしたが、一転して寒中の日々が続きます。

 今年は、「変化」「転機」「改革」の年…いえ、政治の話ではありません。2020年の教育改革に向けて、周囲の声がかまびすしく聞こえてきます。
もちろんアクティブラーニングや新しい学力観については、私も目を凝らしていきたいのですが、近頃幼児教育の分野でも遅れをとるなと、新奇な趣向が目につくのは気のせいでしょうか。例えば、幼児の英語の重要性は承知していますが、それ以上に日本語が大切なことは言うまでもないでしょう。
くりかえし申し上げてきたことですが、幼児の本分は「勉強」ではなく「あそび」です。生活場面において、さまざまな体験(あそび)を通して、まず人間としての基礎・基盤を形成していきます。日本語の言語感覚を国語の勉強としてではなく、生活体験を通して自分の身体に刻んでいくのです。幼稚園はそのための教育機関であって、世の風潮に便乗したり、ましてや煽動したりするものではありません。幼児教育の眼目は、いつも変らぬ基本を育むことなのです。

 料理研究家の土井善晴さんが著書「一汁一菜でよいという提案」でこう述べています。
「和食の真髄は一汁一菜という、高度成長以前の家庭料理の伝統的なスタイルの中にこそある」
「昔はごちそうは特別な日に限られていた。今はプロの料理人たちが、テレビの前で披露する『仕事』が日常の理想と誤解され、混乱している」
「特別と日常のケジメがないから無理が出る。外食が増え、基本無視、季節無視の手抜きに流れ、食の崩壊を招いた。簡単で健康な日常を取り戻そう」
そして、土井さんは「和食を初期化することで、(母親たちが)ストレスにならない持続可能な家庭料理を取り戻せる」とまとめています(読売新聞1月9日付)。

 幼児教育と和食を同じにしてはおかしいかもしれませんが、新しいもの、珍しいもの、手が込んだもの、時間をかけたものと、際限なく期待が(欲求が?)広がって、結果基本が置き去りにされているのだとしたら、状況はあまり違わないといえないでしょうか。いずれの場合もそこには、親の意識や考え方が反映されます。
この一年、遠くには教育改革へのまなざしをしっかり向けながら、近くには日々の基本をじっくりと積み上げていく。あそぶこと、食べること、友だちと話したり動いたり歌ったりすること。それが、幼児が生きることの基本に違いありません。
幼児教育もまた一汁一菜。世事に流されず、やるべきことを見定め、堅実に幼児教育の王道を歩んでいきたいものです。今年もよろしくお願いいたします。

 

執筆:ウェブ管理者

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