赤色赤光

成道会遊戯会。おかげさまを知る。

2015年12月10日

 昨日は成道会遊戯会、平日にもかかわらず、大勢のお客様が会場を埋めました。成道会とは、2500年前、お釈迦さまがお悟りを開かれた日、12月8日を祝う法会を言います。お釈迦さまが長い修行の末、悟られた真理とは、一言で言うと「おかげさまに生きる」という道です。遊戯会では、わが子が舞台狭しと懸命に演技を披露する姿を、客席のお父さんお母さんは、感慨深く見つめておられたのではないでしょうか。「よく育ってくれた」というその万感の思い---それは一体誰の「おかげ」なのでしょうか。

 むろん、父母や家族の真心込めた育てのおかげがありました。微力ながら私たち幼稚園のかかわりも、その発達に少なからず寄与したのかもしれません。しかし、そんな名前を特定できる「おかげ」以上に、たいせつなことは目には見えない数々の「おかげ」を、私たちは被っているという真実です。

 この1年、虐待や貧困など子どもを巡る事件が続きました。世界の目を向ければ、生死を賭けるような多くの難題にも直面しています。私たちの子どもたちは、当り前に幼稚園の通い、当たり前に日々を過ごしていますが、それはいったい誰の「おかげ」でしょうか。いや、太陽も、水も、緑も、私たちの思い通りに行かない。私たちは、確かに名前を特定できない、誰かによって、見守られ、支えられ、そして生かされています。そのことを、お釈迦さまは「おかげさま」と呼ばれたのです。
傲慢な我々大人は、しばしばこの「おかげ」を忘れがちです。自分は自分の力だけで生きている、と利己心に陥りやすいものです。わが子のひたむきな演技は、その上手下手よりも、人間が「おかげさま」に生かされていることに気づく、貴重な機会とも言えるのではないでしょうか。

 貧困に喘ぐ子どもがいます。親と絶縁して、孤立する子どももいます。「おかげさま」に気づいたならば、わが子への愛の千分の一でいいから、見知らぬ誰かのために思いやりの心を返してあげたいものです。お釈迦さまの「おかげさま」への感謝は、生かされるよろこびを、多くの人々との縁づくり(恩返し)によって報いられるものなのです。

 今年もあと僅かとなりました。入園・進級して9カ月---子どもたちの成長を「おかげさま」と喜びながら、家族そろって、よく生きて、生かされる歳末でありますようお祈り申し上げます(RE )。

 

 

 

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