赤色赤光

葉っぱの人生を描く。観察する心。

2019年10月11日

昨日は秋晴れの中、全園児で大泉緑地公園に行きました。ご家庭に帰って、どんぐりやら落ち葉を拾った話を子どもから聞かれたことと思います。

 

 

明けて本日、年長のクラスを覗くと、落ち葉のスケッチに取り掛かっていました。昨日持ち帰った落ち葉を銘々に1枚選び、それを模写する活動なのですが、じっと見ると、一枚として同じ落ち葉はないし、その形も色も、葉脈もなんと複雑で個性的なことでしょう。

担任はこう語りかけます。

「葉っぱ一つ一つ違い形があって違う色がある。虫に食われたり、風に打たれたり、いろんな葉っぱの人生があります。自分が選んだ葉っぱを観察しましょう」

その様子は写真の通りですが、一枚の葉の描き方もそれぞれで、「原寸」だったり「拡大」したり、「まっすぐ」もあれば「斜め」もあって、中にはひらひらと舞う落ち葉を描く子もいたりします。観るものは同じでも、見方や描き方は十人十色。こんなところにも「多様性」があります。

また、子どもの観察といっても、それぞれに対象の構造やロジックを深く観ていることに違いはないし、それを描く行為(表出)を通して、自分の得た情報の分析や体系化を進めているともいえるでしょう。相当に知的な活動なのです。

 

 

昨日の遠足の体験は季節感を肌身で感じる活動でしたが、今日はそれを「観察」して、「表現」しながら、知的に追体験していると言えるのではないでしょうか。

いつまでも暑さが続き、台風が吹き荒れ、だんだん季節を愛でる体験が乏しくなっているような気がします。自然を求めて遠出することも貴重な体験ですが、足元に落ちている1枚の葉っぱの人生から学ぶものもたくさんあるのです。

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