赤色赤光

ひとつひとつの数珠に願いをこめて。祖山参拝。

2010年2月20日

 2月19、20日、年長児136名とともに浄土宗の祖山である大本山百万遍知恩寺を参拝、その後、須賀谷温泉で1泊して、ふだん経験できない雪あそびを満喫しました。

 パドマ幼稚園は、浄土宗大蓮寺が直営する幼稚園であり、主軸となる理念は仏教教育です。3年間の園生活でも子どもたちはお仏壇の礼拝やお念仏は 毎日欠かしませんし、年長児は全員「般若心経」もそらんじています。身も心も「小さな仏教徒」となってくれた子どもたちにとって、今回の祖山参拝は最後のお礼参りの意味をもっています。

 つねづね私が仏教教育の目的として語ってきたものは、子どもの心の中に「畏敬の念」を育むことです。人知を超えた圧倒的なものに出会うこと。人間の生半可な知識や技術ではかなわない、巨大な力にひれ伏すような経験がどうしても必要だと思います。圧倒されつつも、おおらかに包まれるような仏の慈悲の力というようなものが、その人の生涯にあったかどうかで、その後の人生観もすっかり変わると思っています。

 近代という時代は、そういう圧倒的な力を征服し、思うがままに操作することを目的としてきました。それがいかに人類の傲慢であったかは、現在の自然災害など見れば自明のことでしょう。生き方も同じです。お金さえ出せば何でも思う通りになると勘違いした現代人が、どれほど大きな病理を抱えているか、社会の断面から問題が絶えることはありません。

 人間の基礎基本をつくる幼児教育だからこそ、私は仏教教育が重要だと思います。将来、特定の信仰を持たせることが目的ではありません。大事なことは、幼児期に仏教的なかたちやふるまいを通して、自ずと身についていくある種の「畏敬の念」をどう養うのか、ということなのです。スピリチュアリティの開発といってもいい。大きなものと向き合って、はじめて気づく自分の小ささ。同時にそこを起点として、小さき人々が助け合い、支えあって生きていくという共生の原理に気づかされるのです。その感覚は、幼少期以降の教科書教育ではどうしても教えることはできないものだと思います。

 知恩寺の本堂では、年長児全員で大きな数珠を囲んで、念珠くりを行いました。自分の手のひらより大きな数珠をひとつひとつ友だちへ送りながら、子どもたちはどんな願いを届けたのでしょうか。

ページトップへ