赤色赤光

■災害国に思うこと。つながりの力を発揮するとき。

2018年7月6日

6月18日の大阪北部地震、またここ数日は記録的な大雨続きと、つくづく日本は災害国だと思い知らされます。学校園もその都度、休校園を余儀なくされ、場合によっては子どもたちも校内待機を強いられたり、混乱が続きます。当園でも再来週に迫ったサマースクールについて、いろいろ熟慮を重ねていますが、それもまた自然災害の長引く影響といえるでしょう。

その対策についてはここではおきますが、こうした危機的状況にあってこそ私たちのつながりは強まる、ということを忘れてはなりません。

茨木に住むある新婚夫婦がいました。共働きで普段は一緒に夕食もままならない。夫は学校教員で帰りは毎晩9時10時が常だったと言います。しかし、地震直後、帰宅困難に陥った妻を職場に迎えに駆けつけたのは夫でした。翌日妻が仕事から帰ると、夫がエプロン姿で夕食を作って待ってくれていたといいます。「ガスが通っていなかったので、二人で銭湯に行く時間も愛おしくて」。妻がそんなことを語ってくれました。

危機に直面して、家族や学校、職場など共同体は結束します。お互いを気遣い、いたわり、助け合います。これは国や自治体が行う救援活動とは異なるもので、いわば人間性の発露であり再確認といってもいいでしょう。血縁だけではありません。同じ友だちの無事を祈る。何かできないか手伝いを申し出る。応援のメッセージを送る。震災後のボランティア活動を見てわかるよう、血縁を超えたところに、つながりの真価は見出されるといっていいのかもしれません。

災害のあるたびに「自助・公助・共助」がいわれます。

幼稚園でいえば、わが子は親がしっかり守る「自助」、自治体や地域が守る「公助」、そして、先生も含め幼稚園の仲間が互いを助け合う「共助」、そのいずれも欠くことのできない、つながりのラインなのだと思います。

ページトップへ