赤色赤光

幼児教育は、「足の裏」をこそ育む

2026年3月11日

 いよいよ年長児の卒業まで、あと3日となりました。この頃になると、どの子どももひときわ愛おしく感じられ、一日の流れのすべてが名残り深いものに思われます。
さて、この季節、幼稚園の玄関に掲げられる聖句があります。坂村真民の「尊いのは足の裏である」という言葉です。
まず、その詩の全文をご紹介しましょう。

 

「尊いのは
頭でなく手でなく足の裏である
一生人に知られずに
一生きたない処と接し
黙々としてその勤めを果たしてゆく
足の裏的な仕事
足の裏が教えるもの
しんみんよ
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ
頭から光が出る まだまだだめ
額から光が出る まだまだいかん
足の裏から光が出る
そのような方こそ
本当に偉い人間である」

 

この詩は、パドマ幼稚園年長児の3月の音読。3年間続けてきた園生活の日課としては、最後の音読になります。
泥臭い詩です。卒業の季節であれば、もっと思い出や旅立ちを歌い上げる詩でもよいのではないか、と感じる方もおられるかもしれません。けれども私は、この詩は卒業する子どもたちだからこそ、いっそう心に響くものだと思っています。
年長児の園生活も、残すところわずかとなりました。また各学年も、1週間後にはそれぞれのクラスが終わりを迎えます。園生活も終わります。けれども、子どもたちの人生は、これから長く続いていきます。
3年間の園生活で子どもたちが身につけたもの。それは、まさに「足の裏的な力」といえるものです。知識や技術の前にある、人として生きるための基本。地面をしっかりと踏みしめる力です。
それさえあれば大丈夫。
人は前を向いて歩いていくことができます。
たとえ困難に出会っても、踏ん張り、また歩き出すことができます。

この詩は、その人生の根元にある力の尊さを教えてくれているのだと思います。もちろん、子どもたちにこの詩の意味を説明することはありません。すぐれた言葉を声に出して読むことで、人間の生き方のエッセンスが、幼い身体の奥に静かに刻み込まれていくのです。
読解や解説による理解ではなく、永く生き続けてきた言葉の魂が、身体に染み込んでいく。言葉では説明し尽くせない「足の裏から光が出る」ような人の姿を、子どもたちは、皆で声を合わせて音読することで、少しずつ自分の内に育ててきたのかもしれません。

パドマの幼児教育とは、まさに「足の裏」を育む教育です。足の裏がしっかりしてこそ、人は駆け出すことができます。そして、踏ん張ることもできます。
子どもたちの音読とは、そのような意思を静かに育てていく、心の教育でもあるのです。
この3年間、子どもたちにも、ご家族にも、さまざまな思い出があったことでしょう。
けれども、それらは決して一人で作り上げたものではありません。仲間がいて、先生がいて、周りの多くの人の支えがあってこそ生まれたものです。卒業とは、その「おかげ」に気づき、互いに感謝しながら、生きていくことの喜びを改めて噛みしめる尊い節目でもあります。
卒業、そして進級、おめでとう。子どもたちがこれからもしっかりと大地を踏みしめながら、希望の4月へ歩み出していきますように。南無阿弥陀仏。

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