赤色赤光

努力・適宜・責任。ことばを磨くということ。

2021年3月24日

コロナ禍にふりまわされた今年度ですが、おかげさまで先週をもって無事終了となりました。ありがとうございました。
卒業式の感動は、別のブログを見ていただきますが、同じように今年度をもって退職される先生方が4名、中には、勤続20年、14年といったベテランもいらっしゃいました。

ベテランとは、つまりそれだけ多くの後輩指導に関わる機会が多い、ということで、わが園の「人材指導担当」といっていいでしょう。ありがたいことです。4名の先生方の送別の場で、私から概略こんな謝辞を述べました。

「パドマ幼稚園のモットーは<ことばが光る幼稚園>です。これは立派なことを言う、上手なことば遣いをするという意味ではありません。とくに同僚集団において、先輩の先生と後輩の先生のことばの通い合いが「光る」には、ひらめきだけではない、それが生まれる関係や心配りがとても大切になります。
退職される先生にはことばを光らせる要件がありました。「努力」「適宜」「責任」の3つです。
まずベテランの先生は、自分自身のことばを磨く努力を欠かしませんでした。本を読む、新聞を読むは社会人の基本ですが、それ以外にことばに対し敏感になること、例えば園内には音読や暗唱以外にも様々な日訓や名句が掲示されていますがそれらを意識して見る、あるいは園長のブログを精読する、そういった「努力」を日々重ねて来られました。
次に、ベテランになれば、後輩の先生に声をかける機会は多くなりますが、「誰に」「いつ」「どこで」というTPOを踏まえた発言をされてきました。思いつきで言うか、熟慮して言うか、同じ発言でも、それが他者を傷つけもし、育てることもあることを知っておられました。そういったタイミング、「適宜性」が後輩との良好な関係を作るのです。
そして、「褒めことば」がもてはやされる昨今、どうしても厳しい言葉を伝えなくてはならないことがある。それをどう伝えるか、アサーティブな表現も大事ですが、まず後輩への敬意が前提であり、伝えるべきことの正確さと、わかりやすく要点化できること、そして、それが自分にも問われることを自覚していること。つまり、後輩に語るための強い「責任」感をもっておられました。

この3つが保たれて、ベテランは先輩として尊敬され、そのことばを後輩は謙虚に受け入れるのではないかと思います。
しかし、難しいことに、ことばは万能であるわけではない。ベテランもその立場や役割において、ことばの伝え方、用い方をチューニングしてかなくてはならない。つまり、正解はない中で、ことばとどう向き合い、どのように磨いていくのか、その経験と鍛錬の積み重ねがベテランを本当のベテランとして育んでいくのでしょう。
先生方のことばへ臨むその姿勢を、後輩たちが受け継いでくれることでしょう。パドマの伝統はこうして積み重ねられていきます。長い間、本当にありがとうございました。みなさんの新天地でのご活躍を祈ります」(要旨)

 

 

 

 

 

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