赤色赤光

ひとり、卒業式に立ち向かう。パーソナルスペースについて

2021年3月12日

昨日、卒業証書授与式のリハーサルがありました。1クラスずつ園児数は少数でしたが、本番通り、一人一人に私から卒業証書を授与しました。

限られた人数だったから、普段以上に気づいたことは、この式典における子どもたちのふるまいや姿勢、返事の凛々しさでした。一人の動きが際立ちます。自席を立ち、舞台袖の階段前で静止し、壇上に上がり、名前が呼ばれたら返事をして、園長の前に歩み出て、折り目正しく証書を受け取る。そのまままた元の席へ戻る。歩行距離にして、長い子どもは30メートルほどを一人で歩んでいるのではないでしょうか。

パーソナルスペース(対人距離)を4つのゾーンに分ける学説があります(エドワード・ホール)。これは、これ以上他人に介入されると不快を感じる距離感のことですが、当然世代や文化、関係によって変化します。

4つのゾーンとは、他人との距離が近い順に、密接距離、個体距離、社会距離、公共距離となりますが、人で例えていうと、親子、親しい友達、同僚・知人、広く一般ともいえるでしょうか。ホールは、大人になる過程で、誰もが関係性に応じて他者との適切な距離感を学んでいくと考えました。これは子どもの自我形成にも大きな影響を及ぼします。

今しきりに言われるソーシャル・ディスタンスが3番目の社会距離に当たり、その規制は少なからず子どもの成長に影響を与えたと思いますが、それはさておき、このたびのリハでは年長児たちの対人距離の感覚がしっかり身についていることに感嘆したのでした。

儀式の中で求められる身体の動作は、ふだんのあそびとは異なるモードが求められます。直立不動、手を振って歩行、園長前では右足から前へ一歩進む、という風に様式化された動きが強調されます。日常にはない、家庭ではほとんどあり得ない動作ですから、園生活で積み上げてきた個体距離や社会距離の身体感覚が発揮されるのでしょう。自分の身体を物差しに、一人で卒業式という巨大な、非日常な空間に立ち向かうことができているのです。

証書の授与だけで大体18分かかります。出番はもちろんですが、その前後、長い子どもで15分ほどは自席で待機しなくてはなりません。両足を揃え、両手を足の付け根において、腰骨を立てて、静粛に着席を保つのです。何名もの園児が自然にそうやって「存る」ことにも、胸打たれるものがありました。

幼稚園教育の成果とは、文字が読めるとか、英語ができるとか、そういう能力を急ぐことではありません。それよりも、やがて次に開かれる社会距離や公共距離に臆することなく、臨んでいく、そういう身体距離をつくることなのだと感じたのでした。

ご卒業おでとうございます。

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