人間にしかできない学び。未来を生きる土台をつくる。
2026年9月14日
日本の学校教育はいま、大きな転換点を迎えています。GIGAスクール構想によって小中学生に一人一台の端末が整備され、デジタル教科書も段階的に導入されてきました。2026年には法改正も行われ、今後は紙だけでなく、動画や音声などを組み込んだデジタルな形態も正式な「教科書」として認められる方向へ進んでいます。
もちろん、デジタルには大きな可能性があります。AIが急速に発達するこれからの社会で、デジタルを使いこなす力は欠かせません。これはさらに加速していくでしょう。
一方で興味深いのは、世界有数のデジタル先進国スウェーデンの動きです。同国では教育のデジタル化を早くから進めてきましたが、近年、そのあり方を見直し、紙の教科書や読書、手書きを再び重視する方向へ舵を切りました(ユネスコ「スウェーデン:デジタル教室の未達成の約束」2026年4月)。
これは「デジタルか、紙か」という単純な二者択一ではありません。むしろ問われているのは、子どもの発達のどの段階で、何を使って、何を育てるのかということではないでしょうか。
この問題について、東京大学の脳科学者・酒井邦嘉教授は一貫して「紙」の効用を説いています。
紙の本には、ページのどこに何が書いてあったかという空間的な手がかりがあります。紙をめくり、目で追い、手を動かして書く。そうした身体を伴った行為が、記憶や理解、さらには自分の頭で考えることに深く関わっていると酒井教授は指摘します。(「A I脳クライシス」)
この議論は幼児教育にこそ重要な示唆を与えているのではないでしょうか。
子どもは、頭だけで学ぶのではありません。声を出す。人の声を聞く。手を動かす。走る。跳ぶ。歌う。リズムを合わせる。友達と一緒に笑い、ときにはぶつかり、また一緒に何かをつくる。こうした身体と五感を総動員した経験を通して、ことば、記憶、集中、思考、そして他者と関わる力が育っていきます。
だからパドマ幼稚園では、毎朝の日課活動を大切にしています。「動き」「ことば」「リズム」を繰り返し経験し、友達や先生との「共鳴・共感・共体験」を重ねる。それは知識を先取りして教えるためではなく、これから先、子どもが自ら学び、考え、他者と生きていくための「土台」をつくる時間なのです。
AIは、これからますます賢くなるでしょう。知りたいことを尋ねれば、瞬時に答えを返してくれる時代になります。だからこそ、その答えを受け取る人間の側に、考える力があるか、感じる力があるか、身体感覚があるか、他者と共に生きる力があるか、などが問われるのでしょう。
いつの日かデジタルやAIを本当に使いこなせる人間になるために、その根を育む幼児期だからこそ、私たちは「人間にしかできない学び」を、これからも大切にしたいと考えています。

