赤色赤光

映画的祝祭に酔う。映画「スラムドッグ$ミリオネア」

2009年4月24日

去年の2月、南インドを旅したとき、はじめてこの映画の舞台ムンバイに立ち寄りました。好景気に沸くピークだったかもしれませんが、当時は28万円の超大衆車ナノの話題で持ちきりで、確かに街全体が躁状態で祝祭都市のようでした。

今年のアカデミー賞を総なめにしたこの映画、現代インドを貶めている風の批判があるそうですが、所詮映画はフィクションであり、外国資本や監督が撮れば「悠久の国インド」も大胆にデザインされて当たり前。映画には、貧困、暴力、スラム、宗教対立、幼児売買と現代社会の病巣を織り交ぜるが、それも物語の心臓を打つ鼓動のようなものであって、あまり深く考えすぎないほうがいいと思います。むしろヨーロッパの監督が抱きがちな、インドへの憧憬とか幻想を破って、世界共通の青春映画に仕立てようとしたダニー・ボイル監督の野心が成功しています。

とにかく映画の前半、インドの最下層の人々を描く映像とテンポがすばらしい。デジタルカメラがムンバイの喧騒とインドの風土を見事に切り取り、また無名の少年少女の演技が充分にこれに応えています。後半からは、定番の青春映画になって逆にトーンダウンしますが、私はこの前半の疾走感を評価したい。スラムや列車の逃避行シーンはひさびさに映画的幸福感に浸ってしまいました。

ハリウッドが自国では金のかかり過ぎるので、映画製作を海外にシフトするという話題をよく耳にします。この映画も低予算のイギリス映画を買い取ってアメリカで「うまく当てた」のかもしれませんが、そもそも創造のエネルギーというものはその国が抱える社会の葛藤や混迷の中から現れるもので、「何も考えなくなった」フラットな社会からは生まれようがありません。「愛」「希望」「運命」といった映画の始原的テーマに、もはやアメリカでは応えられないと観るべきか。人気テレビやコミックの映画化ばかりに熱心な日本映画も、いま一度原点を見つめなおすお手本としてほしいものです。★★★★(満点5★評価)。

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