赤色赤光

30分だけの屋外活動。福島の幼稚園に学ぶこと。

2013年2月7日

  パドマ幼稚園は総合幼児教育研究会という全国の幼稚園・保育園の研究団体の中心園です。学園長が会長、私が代表理事を務めていますので、隣の應典院に事務局があって、全国の園の状況などが時々耳に入ります。どの園でも、当園同様、日課活動や体育ローテーションに取り組んでいます。

 

  先日、その事務局の職員が、福島県いわき市のある幼稚園を訪問したときの話です。
 その幼稚園さんには、私も震災後の5月にお見舞いに訪問したことがあります。福島第一原発の事故があって、その頃は住民の県外避難が相次ぎ、当然子どもを持つ親は敏感ですから、幼稚園の園児が大量に転園を余儀なくされていました。
 「いわき市内の幼稚園はどちらも深刻な状況で、このままでは経営がむずかしくなるかもしれません」
園舎は地震でクラックが入ったそうですが、それ以上に放射能の「目に見えない恐怖」の影響に、園の責任者は沈痛な表情でした。いわきの人たちも、不本意ではるが、ふるさとを離れるつらい決断をしなくてはならなかったのです。

 

それから約2年……今も不安な状況は変わりませんが、ありがたいことに幼稚園にはほとんどの子どもたちが帰ってきてくれたといいます。
 
もちろん子どもの不自由さは否めません。福島県下では今も屋外活動には時間制限があり、幼稚園児は30分以内と決められていると聞きます。また場所によってはいわゆるホットスポットもあります。運動不足は明らかで、福島の子どもたちの肥満傾向も指摘されています。
 
そんな中で、その幼稚園の先生たちは知恵を絞って、朝の体育ローテーションに励んでいました。大きな園庭があるのに、空間放射能の問題があるから全面を使えない。時には体育館を、時には廊下を使いながら、あの手この手を使って、朝の日課を成し遂げようとしてくれていたのです。
 「限られた条件で、どうしたら子どもたちに十分な運動が与えられるか、私たち、すごく考えるようになりました」
  
先生たちは、そう笑顔で語ってくれたそうです。大好きなふるさとで、大好きな先生やお友だちとともにあそびながら、園児たちはとても快活だったと聞きました。

 

不幸な事故の弊害はまだ尾を引きますが、しかし絶望だけではない、子どもたちがこれから生きようとする意欲、生命力にも感動します。一見しただけではわからない苦労がもっとあるだろうに、さわやかな笑顔で毎日を過ごす福島の先生たちに敬意をおぼえます。地域の大人たちは、そんな子どもと先生の活力にこれからの未来を感じ取っていくのだとも。
 
けっして比べるものではないけれど、では、私たちはどうでしょうか。福島の幼稚園の先生たち同様に、ともに励み、ともによろこび、そして考えているでしょうか。ふとそんなことを感じました。

 

 

 

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