赤色赤光

若者たちとお葬式のワークショップ

2008年12月7日

いまの若者はいのちへのリスペクトが足りない。若いゲーム世代は、死生観に乏しい…と周知のごとく言われますが、本当にそうなんでしょうか。去る12月6、7両日お寺で開催した「生と死のワークショップ」で大勢の若者たちとふれあって、改めて感じました。

去年から若者が主宰するNPOと共同して始めたこのワークショップ、今回のテーマはズバリ「自分はどんなお葬式をあげられたいか」。大蓮寺の本堂で本式の 祭壇や棺を用いて、葬儀をシミュレーションしながら、2日間にわわって生死のありかたについて語り合いました。沖縄、静岡、川崎等々全国から集まった若者 たち14名は、仕事も生活様式もまちまち。むろんとくに宗教的な境遇にあるというわけでもなく、また中高年のような切実感もない。それなのに、ワークは 14名の語り合いの渦の中で、深いいのちの考察を重ねていきました。

既成仏教にはどの宗派であれ根本教義があって、布教や教化によってそれを教 宣するという基本図式があります。まず正解ありきなのです。しかし、いまは対話と協働が重んじられる時代、若者たちが自らの主体を賭けて語りあいながら、 人生最大の難問に敢えて向き合おうとする姿は清々しい感銘をおぼえました。葬儀という儀礼が、形式ではなく、生きる意味を彼らに想起させたのだと思います。

たいせつなのは答えではない、問いなのです。

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