赤色赤光

ことばの香りを届けよう。薫習の心。

2026年4月20日

毎日メディアでは、激しい言葉、煽るような言葉が飛び交います。大国の大統領が連日駆使するXでも、相手を罵ったり、陥れたりする粗いことばがあふれています。私たちも、知らず知らずのうちに、同じような落とし穴にはまっていないでしょうか。
日常的にSNSに触れていると、短くて目を引く、言い切り型のことばに慣れてしまい、気づかないうちに少し荒い言語環境に身を置いているのかもしれません。
そんな中で、幼稚園の中のことばの世界は、ある意味とても希少です。

先日、当園のある職員が、1学期の抱負としてこんなことを話してくれました。
「子どもたちの手本となるような、やさしく、ていねいで、正しい日本語を使っていきたい。職員同士の会話でも、仲の良さだけでなく、ことば遣いを大切にしていきたい」
とても当たり前のことのようでいて、実はなかなか難しいことです。子どもが相手だと、つい親しさが馴れ合いになってしまったり、感情にまかせたことばが出てしまったりすることもあります。
ことばは生き物です。たった一言で相手を励ますこともあれば、逆に深く傷つけてしまうこともあります。では「よいことば」とは、どのようなものなのでしょうか。

仏教には、ことばについての戒めが多く説かれています。十善戒の中にも、ことばに関するものが四つ含まれています。それだけ、お釈迦さまがことばのもつ力と怖さを見つめておられたのでしょう。
ことばを使うときに、少し立ち止まってみる。そのための目安として、古い仏典には次の五つが挙げられています。

①そのことばは、時機がふさわしいか。
②そのことばは、慈しみに満ちているか。
③そのことばは、事実であるか。
④そのことばは、有益であるか。
⑤そのことばは、柔和であるか。

最初に挙げられているのが「やさしさ」ではなく、「時機(タイミング)」であるというのも、どこか考えさせられます。
2500年も前から、人はこうしてことばと向き合ってきました。そしてこの問いは、今も私たちに静かに問いかけ続けています。
また仏教は、「ことばに振り回されないように」とも教えています。ことばそのものだけでなく、その奥にある思いや本質を見ることの大切さです。
「薫習(くんじゅう)」ということばがあります。布に香りがしみ込むように、時間をかけて願いや思いが相手に伝わっていく、という意味です。
幼児期のことばがけは、意味や情報を伝えることだけが目的ではありません。それ以上に、ことばの奥にある私たちの願いや思いが、どれほど子どもに届いているかが大切なのだと思います。ことばの表面だけにとらわれず、「薫習の心」を忘れずにいたいものです。
「ありがとう。わたしは、あなたが大好き」
とてもシンプルなことばですが、そこには先生の願いや、ご家庭での思いが、やさしく込められています。
今日、あなたのことばから、子どもたちにどんな“香り”が届いていたでしょうか。

 

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