動き、ことば、リズム。人間の原初のよろこび
2026年6月22日
前回のブログにも書きましたが、AIはもはや一時のブームではなく、新しい時代そのものを形づくりつつあります。極論すれば、知能的な作業の多くはAIに置き換わり、人間の役割や生き方も、これまでとは大きく変わっていくことでしょう。
AIは膨大な知識を記憶し、瞬時に答えを導き出します。しかし、人の気持ちに寄り添い、誰かと喜びを分かち合い、ともに育ち合うことはできません。テクノロジーが進歩するほど、かえって人間にしかできないこと、人間の原点とも言うべきものが問い直されているように思います。
では、その人間の原点とは何でしょうか。
私はまず、生まれたばかりの赤ちゃんを思い浮かべます。人間の赤ちゃんは、他の動物と比べても驚くほど未熟な状態で生まれてきます。馬の子どもは生後まもなく立ち上がりますが、人間は歩けるようになるまで一年近くかかります。言葉も運動も、人との関わりも、すべて一から始めなければなりません。
しかし、その未熟さこそが人間の大きな可能性でもあります。人は周囲の人々との関わりの中で育ち、感情や社会性を身につけながら人間になっていくからです。脳神経の発達はまさに生後6年の間に飛躍的に伸びる事実がその根拠です。
だから、早期教育をやろう、早いうちに勉強させようというのではありません。
それは誰かに教えられる以前の、生まれながらに備わった力だからです。私たちは長年の実践を通して、子どもたちが根源的に求めているものは「動き」「ことば」「リズム」であると捉えてきました。
身体を思い切り動かしたい。誰かと声を交わしたい。歌ったり、声を合わせたりしたい。乳児が自然に手足を動かし、両親の声に反応し、胸に抱かれて眠るように、それらは教え込まれたものではなく、人間が本来持っている欲求だからです。
パドマ幼稚園で日々繰り返される日課は、まさにその欲求に応えるためにあります。
毎日の運動あそびやことばあそび、歌やリズムあそびを通して、子どもたちはいきいきと身体を使い、友だちや先生と声を交わしながら、一体感を味わいます。
大切なのは、上手にできることではありません。仲間と共に同じ時間を共有し、「楽しいね」「もう一回やりたいね」という気持ちを重ねていくことです。
人は一緒に体験することで心が動きます。そして心が動くことで共感が生まれます。さらに共感が深まると、仲間と響き合う共鳴へと育っていきます。
一緒に走る。一緒に歌う。一緒に笑う。これは集団一斉とか、パターンというような言葉では括れない、人間の本来のよろこびなのです。
そんな何気ない経験の積み重ねが、「友だちっていいな」「みんなといると楽しいな」という他者に対する安心感や信頼感を育てます。自分がここにいてよいという存在の承認であり、生まれてきたことへの祝福感と言ってもよいでしょう。その土台があって、やがて思いやりや協力する力、自分らしく生きる力が芽生えていくのです。
AIがどれほど進化しても、人と人が笑顔を交わし、喜びを分かち合うことは代わることができません。
だからこそ幼児期には、知識を早く身につけること以上に、動き、ことば、リズムを通して、人とつながる喜びをたくさん経験してほしいと思います。
ひとりではできないことが、みんなとならできる。そして、みんなとできることは、やがてひとりでもできるようになる。
その育ちを支えることこそ、幼児教育の大切な役割であり、AI時代だからこそ、ますます価値を持つ営みなのです。

