AI教育は必要なのか?人間を育てる。
2026年6月2日
アラブ首長国連邦(UAE)では去年から幼稚園のAI教育が始まったのはご存知でしょうか。最近の日経新聞の連載ではこの他にも、インドのトリリンガル教育、アメリカの富裕層向けの高級幼稚園など、早期教育の実態が取り上げられています。国際間競争の激化に向けて、「将来の力をいかに早く伸ばすか」という視点で、幼児教育が語られることが多くなってきたように感じます。
子どもたちの可能性を広げたいと願う気持ちはどの国にも共通していますが、幼い時期から成果や効率を求めすぎるのは、少し立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。幼少期は、他者との関わりの中で安心感や頼を育み、自分という存在の土台を築くたいせつな時間です。この時期に競争や評価の目が入り込むことには慎重でありたいと考えます。
そもそも教育とは、その国の歴史や文化の中で育まれてきた価値観に支えられています。どのような人を育てたいのかという問いに対する答えはひとつではありません。世界の流れを参照しつつも、自分たちがたいせつにしてきた教育のあり方を見失わないことがたいせつでしょう。
「共感の論理」という本の中で、比較教育学者の渡遇雅子さんは、日本の教育の固有性についてこう述べています。
「日本は『自然の一部としての人間』と『共感的利他主義」を中心的な価値として初等教育を通じて教えてきた。日本の価値教育は、近代化の根本問題を売服する力を持っている。日本の価値教育を守り通そう」
ここで語られているのは、「役に立つ人材」を育てること以上に、「人と人とが共に生きる社会」を支える人間を育てることのたいせつさです。他者の気持ちに気づき、支え合いながら生きる力は、社会を成り立たせるうえで欠かせないものです。
パドマ幼稚園では、こうした価値を日々の保育の中でたいせつにしています。子どもたちはあそびや生活を通して、友だちの気持ちに気づき、譲り合い、助け合う経験を重ねていきます。また、心を整える時間や、周囲の存在に感謝する気持ちを育てることもたいせつにしています。
これらはすぐに目に見える成果として表れるものではありません。しかし、こうした経験の積み重ねこそが、やがて人としての芯の強さや、他者と共に生きるカへとつながっていきます。利他主義とは、誰かのために行動することに喜びを見いだす心のあり方です。この感覚を育てることは、子どもたちの人生にとってたいせつな財産となるでしょう。
その意味で、当園の仏教教育は、この価値を日々の生活の中で育む実践でもあります。静かに手を合わせる時間、読経や瞑想、規律ある共同生活、それらは日常の中で自然に積み重ねられていきます。
そうした経験を通して子どもたちは、自分を孤立した存在としてではなく、他者や世界とのつながりの中にある存在として感じ取っていきます。共に生きることの意味を、身体感覚として身につけていくのです。
どれほど時代が変わっても、幼少期に育むべきものの本質は変わらないと考えています。共感し、支え合い、ともに生きる力を子どもたちに手渡していくこと。それこそが、未来を生きる子どもたちへの確かな贈りものではないでしょうか。
保護者の皆様とともに、このたいせつな価値を守り育てていきたいと願っております。

