赤色赤光

響きあって育つ。共鳴・共感・共体験。

2026年10月8日

いま、子どもたちはAIとともに生きる時代を迎えています。知りたいことを尋ねれば、たちどころに答えが返ってくる。文章も絵もつくってくれる。おそらく子どもたちが大人になる頃には、私たちには想像もできないほどAIは身近な存在になっているでしょう。
では、そんな時代に幼児教育は何を大切にすればよいのでしょうか。
私はむしろ、AIにはできないことを考えてみたいと思います。
朝、子どもたちが登園してきます。「おはようございます」と先生が声をかける。「おはようございます!」と子どもたちの声が返ってくる。隣の子の元気な声につられて、自分の声も少し大きくなる。みんなで歌えば、声が重なり、身体が揺れ、いつの間にかクラス全体にひとつのリズムが生まれてきます。
運動の時間も同じです。前を走る友だちを見ながら、自分の順番を待つ。「がんばれ!」という声が聞こえる。できた子を見て自分もやってみたくなる。転んだ友だちがいれば、思わずのぞき込む。こうした何気ない毎日の中に、幼児期の育ちにとって、とても大切なものがあります。私はそれを「共体験・共鳴・共感」という三つの言葉で考えています。

まず「共体験」です。同じ場所にいて、同じものを見て、一緒に身体を動かし、笑ったり驚いたりする。子どもは一人だけで育つのではありません。仲間と時間と空間を共有することで、自分一人では出会えなかった世界に出会います。
そして共体験を重ねていると、やがて「共鳴」が起こります。誰かが楽しそうに笑えば、自分まで楽しくなる。友だちが夢中になって走っていれば、自分も走りたくなる。先生の声、友だちの声、表情、身体の動き、呼吸。その場にいる人たちが互いに影響し合い、心と身体が響き合うのです。
そこから育ってくるのが「共感」です。泣いている子を見て「どうしたの?」と近づく。できた友だちを自分のことのように喜ぶ。自分とは違う気持ちを持つ人がいることに気づく。共感とは、「人に優しくしましょう」と教えられて身につくものではありません。人と人とが生身でかかわり、共体験し、共鳴する、その積み重ねの中から育っていくものなのだと思います。
少子化が進み、家庭や地域で子ども同士が群れて遊ぶ機会は少なくなりました。一方では、スマートフォンやAIを通して、一人でも退屈せずに過ごせる時代になりました。だからこそ私は、幼稚園という場所の意味は、以前にも増して大きくなっていると思うのです。
幼稚園には「思い通りにならない他者」がたくさんいます。おもちゃを使いたいのに友だちが使っている。自分とは違うことを言う子がいる。待たなくてはならないこともある。けれど、その面倒くささこそが、人とともに生きることを学ぶ入口です。
「ひとりではできないことも、みんなとならできる。みんなとできることは、やがてひとりでもできるようになる」。
集団とは、みんなを同じにするためにあるのではありません。仲間と響き合うことで、一人ひとりが自分の力を発見していく場所なのです。
AIがどれほど進化しても、友だちと手をつないだときの温もりも、一緒に笑ったときの喜びも、悔しくて泣いている子のそばに座る経験も、代わってくれることはできません。
共に体験し、共に響き、そして人の心を感じる。
これからの時代だからこそ、そんな当たり前の幼稚園の日常を、私たちはもっと大切にしていきたいと思います。

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