赤色赤光

仏教幼児教育の矜持とは。パドマ幼稚園の仏教公開保育。

2009年2月12日

去る12日は、パドマ幼稚園が主催する仏教公開保育でした。全国の各宗派の幼稚園の園長先生ら70名以上がご参加いただき、当園の教育実践を参観いただきました。

日本の仏教保育には長い伝統があります。全国の私立幼稚園の何千もの数が、お寺の幼稚園かと思いますが、肝心の仏教保育の「仏教」と は何を指すのか、あまり明快には伝わってきません。全国組織の「生かせいのち」みたいなスローガンはありますが、仏教幼稚園はフランチャイズでやっている わけではない。もっと銘々に自立した仏教の旗を掲げていいはずですが、それがあまり見えてきません。失礼ながらどこも同じ内容、同じ看板で、大同小異の感 があります。

ですから、パドマ幼稚園がお寺の幼稚園としては、きわめて異色の存在であると(同業者から)見られていたことは容易に想像がつきます。古い仏教教育の言説からは、30年も前に「大脳生理学による幼児教育」なんて知見は誰も見出さなかったからです。

むろん、いまパドマの教育が新しい時代の仏教教育だと信念はあっても、世間に対し断言することはできません。しかし、仏教の幼児教育とは何 か、という「問い」を長く打ち立ててきたことは確かであって、手前味噌ですが、私はそういう問題提起力こそ仏教教育の本質にふさわしいと思っています。

戦後の学校教育は、6・3・3制を敷いて、子どもの発達を「国民の育成」として統合しました。むろんその利点もありましたが、もう一方では教育の競争や画 一化からこぼれおちたものが現代の子どもの問題要因となっていることも事実です。私たちは小学校の準備教育をやっているのではない(幼稚園は義務教育では ありません)。幼少期に何が必要なのかを見極め、そこにこそ「仏教」が活かされなくてはならないと考えます。

仏教の幼稚園として、その矜持を子どもや保護者はもちろん、社会に対しきちんと示していきたいと改めて感じました。

ページトップへ